自由帳

今から私を探す旅にでます

「人はひとりでは生きていけない」〜心の中に在るもの〜

曇り空を割くような飛行機の音が聞こえる。

3月の空は不安定で、訳もなく気持ちが揺れたりします。

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人間関係というのは本当に大変です。 特に仕事ともなれば合わない人とも付き合って行かなくちゃいけないし。

どんな関係性であろうと、離れる間際になると本当のことがはっきり見えるようになります。

その中でわかったこと。 関わりを持って一度でも「あれ?」と違和感を感じた人はその通りの人であり、何の苦痛もなくむしろ感謝していた人はそのまま感謝を持ち合う関係であるのです。

そりゃそうか、人は相互ですもんね。

ただその「あれ?」と思っていた人は、良くも悪くも自分を悩ませ成長させてくれることもあります。何かの決断や方向転換には重要な人なのです。

まとめて考えたら不必要な出会いなどなくて、全ての人達が揃って道を作っているのです。

そして一人一人が自分視点の壮大な物語を繰り広げている。

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生きている限りはこの出会いと別れが幾度も繰り返しでやってくる。

そんな中で別れのない相手もいます。

家族だったり、友だちだったり、名前のない関係性だったり。

家族だとか学校だとか会社だとか、そういう枠組みを超えている関係。 何かの約束や縛りのない中でもいつも心にいてくれる人たち。

縁の深い人たちは離れても繋がっている。 何年も交わらずにいたとしても、どちらかが声を掛ければ必ず答えるのです。

誰にでもそんな相手が必ずいます。 例え今、孤独を感じていたとしても。

「人はひとりで生きていけない」 この言葉は目に見える単純なことだけを示している訳ではないようです。

むしろ目の前になくても尚、心に在るものこそが大切なものであると教えてくれる。

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物質的なものを求め過ぎてるこの時代も、そろそろ終焉の時かもしれません。

時の流れの速さに時々見失うことがあっても、自分の中に真実があることを忘れずに生きましょう。

あなたも、わたしも。

気持ちの整理はじめました③〜手放した先にあるもの〜

あっと言う間に時は過ぎて。 1カ月前でさえもうどうしていたのか思い出せません。

毎日気持ちは大忙しで、でも体は思ったように動けずにいました。

ぼんやり夜の空を見上げると下弦の三日月。

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もうすぐ長年続けた仕事を辞めます。 続けられないほどのことがあった訳ではないのだけど、小さなことが少しずつ重なって違和感と不満が溢れてしまった。 環境が変わったというよりは私自身が変わったのですが。

後のことなんて何も考えてなくて、でも何とかなるだろう、何とかするだろう、と自分を信じられるようになりました。

今までひたすら家計のためにと頑張ってきましたが、しばらくはひとりでゆっくり考えようと思っています。

私の気持ちが整っても、すんなり辞める流れにはならず苦しい毎日でしたが、退職の日が決まると肩の荷はまだまだ重いのに何だかほっとしている自分がいました。

最後の力を振り絞りながら、短期間の引き継ぎを少しでもいい方向に向けられるように動きはじめると、今まで以上に周りの理解や協力を得られるようになりました。

何もかも抱えて苦しくなっていた自分。 もっと早く上手に助けを求められていたならどうだっただろう。 実際辞めるまでには上司からの提案や引き留めがあったのですが、本当のところ辞めると決めたことでやっと手放せたのだと思います。 つまりは辞めることでしか解決はなかったのです。

今は職場に起こした渦が一丸となっていくのを見届けながら、この仕事を最後まで全うします。

小さな歪みが、今は懐かしいくらいに感謝の心を感じながら。

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仕事を手放すまで決して楽ではない家計のことなど不安はたくさんありました。 でも、このままでは「私が可哀想」。 いつも自分を後回しにして無理を強いてきました。 「誰にも頼らない、私ひとりでできる」 そんな気持ちになるしかない環境もあったのだけれど。 そんなことに気づくことも、疑問に思う余裕さえなかったのです。

私が夫を手放して、鏡の存在と出会い、迷い悩みながらも新しい道がどんどんと開けていきました。

離れる覚悟をしている私は先を不安に思う夫をなだめながら、今は時間をかけています。

早く早くと慌てる気持ちを鎮めながら、お互いを癒やしていく時間が今は必要なのでしょう。

晴れやかな気持ちで次に進むためにも。

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今も先のことなんてわからないけど、ただ自分の望むことに正直でいたいのです。

そして自分が決めることを誰かのせいにしたくない。

本当はもっと気楽でいいのかも知れませんが。

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鏡の相手との物理的距離はそのまま。 少しずつお互いの輪郭を知り、心の距離は近くなりました。

まだふたりきりじゃないふたりが、周囲の人をすり抜ける瞬間はとても素早いスピードで、心の底から湧き出る言葉がお互いを的確に射抜いている。

そしてその答えも真っ直ぐにお互いの心へと飛び込んでいくようです。

何も意図していないはずなのに、深く心に届くような優しく力強い言葉で。

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思いがけない出会いで心は揺さぶられ、たくさん涙も流しました。 その度心は強くなり、迷いは消えていきました。

あれから一年。今は目の前の現実をしっかりと生きています。

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手放すことって簡単ではないですよね。 手に入れた時は必要で、心から願ったものだから。 何かの合図がなくちゃ握った手を離せない、そんな気持ちもわかります。

それを踏まえて言えることは、   重くて大きな歯車を回すのは、軽くなった自分です。

不思議だけど、本当に。

自分を愛すること

自己肯定感が低いなんて検索したら、「自分を愛する」って言葉に必ず辿りつくでしょう。

この「自分を愛する」ってすごく漠然としていて難しく感じませんか?

まずそこに気づいていないのに急に言葉通りには出来ないものだと思います。 気づいていたならそもそも悩んだりしていないですもんね。

私もずっとわからないまま、心の隅においていました。

自分を自由にしてあげればいい、自分の好きなことをしてあげればいい、欲しい物を買うのも許してあげよう。

確かにそれは自分にとって嬉しいことだし、楽しくも感じました。

でも自分が満たされているのかといったらただの一瞬なんですよね。

うーん、難しい。

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こういった課題に直面する人はたぶん、いつも自分を後回しにしてきた人なんじゃないでしょうか。

家族や周りの誰かのために、ありがとう、よく頑張ったねって言われるために。

本当にしたかったことを諦めて誰かに従ったり、言うことを聞く、自分勝手なことはしない、そうやって押さえつけてきた自分はいませんか?

その小さな子どもの自分に本当の思いを聞いてください。

「人より前に出るな」「出来るわけがない」「狭き門だ」

自由だった気持ちはどんどん小さな箱に押し込められました。

どうしたら褒められるだろう、どうしたら愛されるだろう。

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「自分を愛する」って言葉にたどり着いた時に、まるで今までの自分はダメだったって感じるかもしれません。

でもそれはちょっと違うんですよね。 最初から自分を優先していたなら、今のように誰かを深く思いやることができたでしょうか。 困っている誰かの手助けができたでしょうか。

そしてこの先に気づきを得て、誰にも負担のない愛を手に入れるんです。 すごいなって思いませんか?

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自分を愛するということは、ただの日常を当たり前のように生きること。 その中で好きなこと、嫌いなこと、したいこと、したくないことをきちんと分けられるようになったら、諦めてきた自分を丸ごと受け入れられるようになるはずです。

足りないのは自信なんです。 いつまでも満たされないこの気持ちは、自分に対する絶対的な信頼がないから。 私は私のままで大丈夫、誰からも愛されるし何でも出来る。 外に求めるのではなくて、自分自身を見つめ続けるのです。

今までのこと少しずつ思い出してみて下さい。 感情だけではなくて、大まかなここまでの歩みを。

足りないと思っていたもの、自分の中に沢山見つかるはずです。

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人生は気づきの連続で、新しいことの中で迷い探すことこそが生きる道だと思うのです。

こうして迷子のように悩み苦しむことは実はとても幸運なことなんじゃないでしょうか。

いくつになっても何だってできる世の中です。今更だなんて諦める必要はありません。

どんなに時間がかかったって一度きりの人生だから。

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最近、アイフィール・プリティという映画をみました。

自分に自信を持ったら思うように生きられる、本当の自分でいいんだ、私は愛される存在なんだと教えてくれる作品です。

機会があれば是非。

気持ちの整理はじめました②

十数年続けた仕事を辞めます。 次に何をするかも決まっていないし、 まだ子どもの学費もかかるのだけど。

長く働いて仕事の量や責任は増えて行くのに、もらえるものはほとんど変わらず。 自分を癒していくうちに、自分が大事になってきました。

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いろいろなことを決断出来ないでいる私の後押しをしてくれるのはいつも子どもたちです。

「口ではいろいろ言っても結局決断出来ない」これは15歳の息子の言葉です。

「だってまだ受験のこととかあるしさ、あんまりバタバタしたら〇〇に悪いかなって」

「そういうこと?どっちでもいいよ、別に大丈夫だよw」

「そっか、そうだよね」

どっちが親なんでしょうか。 しっかりし過ぎて感心しちゃう。

辞めると決めて、お金のことを考えていたら社会保険どうしよう? 今から夫の扶養に戻ることは考えていないし、もし仕事見つからなかったら払っていくの大変だなーと。

そして娘に何気なく話すと、 「私の扶養になればいいじゃん」 即答でした。

不登校から転校して就職、将来労務士の試験受けようかと考えている頼もしい娘の一言。

「その手があったか」

人生が動く時、こうしていろんなことが次々整っていきます。

「こっちだよ」って声がする。

でもその一歩は必ず自分で踏み出さなければいけないのです。

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最初の一歩の背中を押したのは特別な存在でした。

大勢の会話の中で「無理だと思ったら早く辞めるべきだよな」その言葉に私は少し弱気に「若い人なら特にね」って言ってた。

「うん」とかんばしくない返事が私の胸に刺さりました。

ずっと辞めたいと思ってるのにグズグズしてること、何となく感じているのでしょう。

じわじわ私の中で大きくなって、そして現実も動いたのです。

「もう無理だわ」と思う出来事とともに。

これから繁忙期がやってきます。 そこを乗り切って辞める。

今は状況を不利にしないために周りに意思を伝えています。 退路を経って後戻りしない。 もう前進あるのみです。

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私の本当にしたいことって何だろう。

漠然としたものはあってもまだぼんやりして見えない。

最近は年齢を気にしないようになってきました。 自分で作った制約に縛られるのは意味がないことだと気づいたから。

人は生きていたら、いつだって何だってできる。 すべては自分次第で、すべては必然。

焦る心を落ち着けながら、今は日々の生活を正していきます。

今ここにある幸せに感謝して手放していけるように。

雨の日本橋

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美容院の帰りは、ひとりランチすることにしています。

髪を整えながら装苑なんかを読むと日常を忘れて、とても優雅な気分になります。

雨だけどヒールの心地が良かった。

お多幸さんで「とうめし定食」を食べたかったけどお休みだったので、久しぶりの糖朝さんで「セロリ麺セット」をいただきました。

ここの麺、細くて歯応えがあって美味しいんですよね。食感を例えるとビーフンみたいな感じです。

大根餅が意外に美味しくてびっくり。 他のお店で食べても、さほど美味しいと思ったことがなかったので。

油で焼いたパリッとした食感と中のもっちり感、大根の甘味。

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セットのデザートは千草ゼリーと杏仁豆腐とタピオカミルクです。

少しずつですが一度に3種類食べられるのは嬉しい。

杏仁豆腐は子どもの頃から大好きなんです。今では滑らかなプリンのような食感が主流ですが、昔からある菱型に切ってフルーツを入れたものが一番好きかな。 昔、中華料理屋さんで食べたあの食感と杏仁の風味。懐かしい。

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ひとりの時間が大好きです。 自分の行動だけに集中できるから、慌てることなく落ち着いていられるので。

次はどこへ行こうかな。 たまには遠出もいいかも、なんて東京駅で思うのでした。

気持ちの整理はじめました①

ずっと滞っていた部屋の片付けをはじめました。

それは普段人を招かない我が家に、友だちを連れてきたことからの急展開です。

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あれもこれもしなくちゃいけないのに問題が山積みになっていました。

私の中の本当の気持ちが彼女を頼ったのでしょう。

リビングは模様替えもしながら一気に快適な空間へと変わりました。

そこから私のスイッチが入って休みの度にまず断捨離をはじめました。

いったいどれだけ無駄があるのか。

押入れに入れたままの写真は特に大変で、今はデータで管理できるからいいなあ。

整理してきちんと保管する程の時間もないし、アルバムはかさばるし。

結婚式の写真も山ほどありました。

見ていたらもっと切なく嬉しく感じるかと思っていたけど…。あっさりしたものでした。

嫌いになったわけじゃない。 家族であることに変わりはありません。

でもこれからはお互い自立した生活を送りたいと思っています。

夫にはまだその覚悟はなかったので大きな喧嘩になりました。 共依存を抜けて私は変わりました。 変わったというより、本来の自分に戻ったようです。

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しばらくは片付けに専念して、それが終わったら自分のこの先についてゆっくり考えたいと思っています。

人生は長い。まだまだ進む。

夜明け前

終わりの始まりがすぐそこにあるのです。

すべてを捨てる覚悟もないのに、愛に触れてしまったために…。

私の中の私が求めていたものが目の前に。

純粋なその中の大きな闇にまで心だけでなく、身を預けたい。

ここに留まる間は、変わることなくやり過ごせるでしょう。

風を切り自転車を走らせ、夕陽に目を奪われながら。

何も急ぐことはない。

何も恐れることはない。

すべての流れは決まっているのです。