自由帳

今から私を探す旅にでます

気持ちの整理はじめました④

窓から見る外の景色は昨日も今日も変わらず。 時々に変わる雲の形と、窓越しの蝉の声が少しだけ心を急かすよう。

この数ヶ月は仕事を探すこともなく、ただしたい事をして生きてみました。

もっと気持ちも劇的に変化するのかと思ったけど、流れる時は特に変わったようには見えないな。

お金を稼いでない自分に「このままでいいのか」という気持ちがちらつくけど、心の奥の声と現実的な状況が「今はこのまま」って言うのです。

長く生きてきて、こんなに自由でわがままな生活ははじめてかもしれない。

毎日で精一杯だったわたしに、こんな日が来るなんて。

人生いつ何が起きるかわからない、ってほんとですね。

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上の文章は1ヶ月くらい寝かしていました。

あれから1ヶ月。 母が亡くなりました。

最後の3ヶ月は父だけの実家でしたが、訪問看護に切り替えて、訪問医の先生、看護師さん、介護士さんで連携をとっていただいていたので最後まで安心して看取ることができました。

がんでの余命宣言から約1年。レビー小体型認知症の発症からは約8年でした。

母の死については、またあらためて書きたいと思います。

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祖父母の死も、母の死も身近に経験し、ペットとして飼っていた動物たちの死もたくさんみてきました。

でも、わたしはもともと死に対してあまり悲しいイメージがありません。 少しのことにも泣くほどに感受性は人一倍強いように感じますが、死に対してだけは何故か悲しく思えないのです。

そんな自分を冷たい人間だと思ったこともありますが、ほんとのところはどうなんだろうと自分なりに考えてみました。

時がくれば死というものはみんな平等におとずれる。ただその死にはいろいろな状況があるのです。

わたしが今まで見てきた「死」はとても幸せな状況であったと思います。

祖父母も母も、そしてペットたちも、家族みんながその死を受け入れる時間をくれたこと。 決して誰かの予定を狂わせることなく、みんながその場でお別れできるような計らいがあったこと。

たくさんのことをわたしに教え、最後は悲しみの少ないお別れ。

何の後悔もない、ただそこには感謝だけがあったのです。

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誰かの死さえも日常の一頁。 生きているものはご飯を食べて寝て、また新しい一日を待つ。

心は大丈夫。 煩雑な手続きの連続で体は少し疲れたようです。